1997年に、富士山のふもとの天神山スキー場で初めて開催された。2日間の予定であったが、台風の直撃により1日目から豪雨に見舞われる。会場内で雨をしのげる場所は少なく雨や寒さに対する備えが不十分な参加者が多かったこともあり、会場内やその周辺では体力を奪われて倒れる者が続出。幸いにも死者はでなかったものの、フェスは後に語り草となるほどの惨状を呈した。また、会場へのアクセス道路は一本しかなく、駐車車両などによる渋滞によって交通はマヒ状態となり、移動に多くの参加者が徒歩で数時間も歩いた。トイレもない道路では多くの人々が周辺の私有地に立ち入って用を足したり、別荘地内で勝手にキャンプをしたりと会場周辺も混乱を極めた。2日目は朝から晴天となったものの、警察、地元自治体などからの要請や会場とその周辺の荒廃により、これ以上のイベント続行は不可能と判断した運営側が全てのプログラムを中止。日本初の野外ロック・フェスティバルは、あえなく崩壊した。また駅と会場を結ぶ送迎バスが機能しなかったことにより駅や荒天の会場で数時間にわたり立ち往生を余儀なくされたこと、案内スタッフが少数かつ不親切であったことなど多くの課題を残し、フェスの運営にも批判が集中した。
そんな壮絶な状況下の初日、ボーカルのアンソニーが腕を骨折したまま猛烈な暴風雨の中で敢行されたレッド・ホット・チリ・ペッパーズのライブは今や伝説と化している。
そんな壮絶な状況下の初日、ボーカルのアンソニーが腕を骨折したまま猛烈な暴風雨の中で敢行されたレッド・ホット・チリ・ペッパーズのライブは今や伝説と化している。
28.07.11